企業経営における反社会的勢力排除対策の現状と課題~久保井総合法律事務所新春講演会講演録 – 久保井総合法律事務所

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2011年12月14日
コラム

弁護士:久保井 聡明

企業経営における反社会的勢力排除対策の現状と課題~久保井総合法律事務所新春講演会講演録

1 なぜ,反社会的勢力排除対策が重視されるようになったのか

(1)反社会的勢力に対する対策というのが重視され始めたのは,①国内における相次ぐ企業不祥事,②警察庁の暴力団対策の変容,③国際的なマネーロンダリング強化などが挙げられます。

(2)商法改正などにより,株主に対する利益供与の規制が強化されていったにもかかわらず,総会屋に対する利益供与は一向になくなりませんでした。平成9年には,野村證券による総会屋への損失補填事件,第一勧銀による総会屋への不正融資事件などがありました。このような事件を契機に,企業行動憲章で反社会的勢力との決別宣言が謳われました。
 また,警察庁も,従来,民事不介入の立場だったのが,暴力団による繰返される抗争事件への対処のためには,資金源対策が必要不可欠であるとして,反社会的勢力との関係では民事介入へ態度を変容させるようになりました。さらに,暴力団対策法が平成4年に施行され,その後,規制が強化されていきました。
 国外に目を向ければ,マネーロンダリング対策が強化されていきました。具体的には,1988年に,薬物犯罪収益に対するマネーロンダリング行為の犯罪化が義務付けられ,1990年には,FATF(Financial Action Task Force on Money Laundering)が「40の勧告」提言を行い,その中で,顧客の本人確認の義務付け,疑わしい取引の金融規制当局への報告義務付けが行われました。その後も,徐々に規制が強化されていき,2001年9月に,アメリカ同時多発テロ事件が発生した直後の10月には,FATFにより,テロ資金に関する特別勧告が出され,テロ資金供与の犯罪化,疑わしい取引の届出義務の強化がなされました。2003年6月には,FAFTが「40の勧告」を再改訂し,非金融業者(不動産,貴金属等)や職業的専門家(弁護士,会計士等)に対しても,勧告が適用されることになりました(いわゆるゲートキーパー問題)。その後,2007年3月には,日本国内において,犯罪による収益移転防止法が成立しました。

(3)このように,国内的要因と国際的要因が相俟って,反社会的勢力排除対策が重視,強化されるようになったのです。

2 反社会的勢力排除の流れ―象徴的な3つの事件
  反社会的勢力排除に関して象徴的な3つの事件があります。

(1)蛇の目ミシン事件
まず,蛇の目ミシン事件です。この事件は,いわゆる仕手筋として知られる「光進」グループの代表者小谷氏が,大量に取得した蛇の目社の株式を暴力団の関連会社に売却するなどと同社の取締役らを脅迫し,取締役らをして,小谷氏が所有していた同社の株式を買い取らせ,また,小谷氏が代表を務める関連会社の債務を同社に肩代わりさせたことについて,同社の取締役らが忠実義務違反,善管注意義務違反を問われた株主代表訴訟の事案です。
 この事件は,東京地方裁判所,東京高等裁判所では,取締役らの責任が否定されました。東京高裁では,蛇の目社の取締役らには,外形的には忠実義務違反,善管注意義務違反があったとはいえるが,取締役らがこのような判断を行ったのは,放置すれば,蛇の目社の優良会社としてのイメージが崩れ,多くの企業や金融機関からも相手にされなくなり,会社そのものが崩壊すると考えたから,このような損害を防ぐためにはやむを得ないと判断したもので,小谷氏の狡猾で暴力的な脅迫行為を前提とした場合,当時の一般的経営者として,それは誠にやむを得ないことであって,取締役としての職務遂行上の過失があったとはいえない,と判断されました。
 これに対して,最高裁判所では,「証券取引所に上場され,自由に取引されている株式について,暴力団関係者等会社にとって好ましくないと判断される者がこれを取得して株主となることを阻止することはできないのであるから,会社経営者としては,そのような株主から,株主の地位を濫用した不当な要求がされた場合には,法令に従った適切な対応をすべき義務を有するものというべきであり・・・被上告人ら(取締役ら)は,小谷氏の言動に対して,警察に届けるなどの適切な対応をすることが期待できないような状況にあったということはできないから,小谷氏の理不尽な要求に従って300億円という巨額の金員を交付することを提案し又はこれに同意した被上告人らの行為について,やむを得なかったものとして過失を否定することはできない」と判断されました。
 この事件は,平成元年の事件であるにもかかわらず,現在の価値基準で判断した点に意味があると思います。

(2)飛鳥会事件
 次に,大阪市の飛鳥会事件です。この事件は,暴力団3代目山口組系組員として活動していた小西氏が,昭和42年ころ,同和問題が大きく社会問題となっていたことから,部落解放同盟飛鳥支部長に就任し,昭和46年3月に財団法人飛鳥会を設立し,理事長に就任しました。その後,大阪市から西中島駐車場の運営を独占的に業務委託を受けていましたが,その収益等を過少申告するなどして,その差額等を横領し,不正な利益を得ていたことから,業務上横領で起訴されました。
 この事件は,政治家や行政のトップ,銀行とも密接な繋がりがあり,これまで,誰も手が出せなかった人物に対する裁判ということで,「タブー」を超えた点に意味があります。

(3)スルガコーポレーション事件
 3つ目として,スルガコーポレーション事件があります。この事件は,2008年3月に,東証2部上場の建設業者スルガ社が,ビルの立退き交渉に反社会的勢力を使っていたことが発覚し(弁護士法違反),それまで業績好調であったにもかかわらず,事件発覚後わずか3ヵ月後の6月に民事再生の申立てに追い込まれて倒産した,という事件です。
 この事件は,行政上の罰も,刑事上の罰も問われていないスルガ社が,反社会的勢力と関係をもち,反社会的勢力を利用していたということが原因で倒産したという点で,反社会的勢力との繋がりは,会社を倒産させる結果にもつながるという点で,これまでの「常識」を超えた点に意味があります。
 また,反社会的勢力との関係を絶つことが,コンプライアンス上,極めて重要であることを示した事件であるともいえます。

3 企業経営に関する最近の反社会的勢力対策の流れについて
(1)平成19年6月の政府指針について
 平成19年6月に,「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針について」という政府指針が出されました。
 この指針が出された背景には,暴力団の不透明化・資金獲得活動の巧妙化により,企業が,暴力団関係企業とは知らずに結果的に経済取引を行ってしまう危険性があること,反社会的勢力を排除することは,企業にとってコンプライアンスそのものであるといえること,また,反社会的勢力との関係は,企業自身に多大な被害を生じさせる結果につながり企業防衛の観点からも反社会的勢力との関係遮断は必要不可欠であること,などがあります。
 そして,当該政府指針において,反社会的勢力による被害を防止するための5つの  基本原則が示されました。
 ①組織としての対応,
 ②外部専門機関との連携,
 ③取引を含めた一切の関係遮断,
 ④有事における民事と刑事の法的対応,
 ⑤裏取引や資金提供の禁止
です。ここで,特に注目されるべき点は,取引を含めた「一切の」関係遮断を基本原則において明確に示していることです。
 さらに,この基本原則に基づく対応として,3つの考え方,対応が示されています。
 まず,①反社会的勢力による被害を防止するための基本的な考え方として,(ア)担 当者に任せることなく,代表取締役など経営トップ以下組織として対応すること,(イ)反社会的勢力とは,取引関係を含めて「一切の関係」をもたないことが求められていることです。
 次に,②平素からの対応として,(ア)反社会的勢力とは知らずに関係を有した場合,反社会的勢力と「判明した時点や疑いが生じた時点」で速やかに関係を解消すること,(イ)契約書や取引約款に暴力団排除条項を導入すること,(ウ)反社会的勢力に関する情報を集約したデータベースを構築し逐次更新することが要求されています。
 さらに,③有事の対応として,外部専門機関への相談などが要求されています。
 加えて,反社会的勢力による被害防止を会社法上の内部統制システムの整備に明確に位置づけることが必要であるとされています。

(2)平成20年3月の金融庁監督指針の改訂
 前述の政府指針を受けて,平成20年3月に,金融庁の監督指針の改訂が行われました。
 その監督指針の中では,
 ①内部統制システムへ位置づけること,
 ②取引関係からの排除,
 ③暴力団排除条項の導入とデータベースの構築,
 ④それらの違反に対しては,銀行法上の制裁を行うこと
 が示されています。

(3)全国銀行業協会による暴力団排除条項のひな型
 全国銀行業協会は,平成20年11月に,銀行取引約定書に反社会的勢力に関する内容を盛り込む場合の暴力団排除条項の参考例を示しました。その後,平成21年9月には,普通預金規定等に,暴力団排除条項を盛り込む場合の参考例が示されました。
 平成20年7月と平成21年11月に,各金融機関が暴力団排除条項を盛り込んでいるかどうかについて,アンケート調査を行いました。その結果は,銀行取引約定書への導入はかなり進んでいるようですが,他方で,普通預金規定等への導入については,導入予定の金融機関は増えているものの,実際に導入している金融機関はほとんどありませんでした。
 なお,金融機関以外の業界での取組み状況についてもアンケートしたところ,不動産業では約97%,ゴルフ場では約60%,証券業及び保険業では約50%という結果でした。

(4)福岡県条例
 さらに,注目する条例が福岡県で制定されました。福岡県は,県内で,3つの暴力団(道仁会,誠道会,工藤会)が縄張り争いをしており,多数の抗争事件が発生していることなどから,平成21年10月に,議会の全員一致で,暴力団との関係を遮断する内容の条例が成立しました。条例の内容には,憲法問題などの懸念もないわけではありませんが,本年の4月1日から施行される予定になっています(本誌の発行上,既に施行されているかもしれません。)。
 この条例のなかで,特徴的な条項としては,
 ①暴力団事務所の開設運営の禁止(学校,図書館等200メートル以内),
 ②事業者から暴力団への利益供与の禁止,
 ③事業者の取引関係者の確認努力義務,
 ④不動産譲渡等にあたって組事務所に利用する目的でないことの確認義務,
 ⑤罰則規定の導入
  などが挙げられます。

4 暴力団排除条項の「光」と「影」
(1)暴力団排除条項の持つ機能
 暴力団排除条項の持つ機能としては,①予防的機能,②排除機能,③裁判上の機能が挙げられます。
 まず,予防機能とは,契約締結前に,積極的には相手方の反社会的属性のみを理由とした契約締結の拒否を容易にし,かつ,消極的には,反社会的勢力側からの取引開始申出を回避させるという機能です。これは,企業として,反社会的勢力に対する基本姿勢を示すという点で重要です。
 次に,排除機能とは,契約締結後に,相手方に具体的な債務不履行などの契約を解除する原因がない場合でも,相手方の反社会的な属性ないし行為のみを理由として契約解除ないし更新拒絶を理論上可能にする機能です。但し,実際に,暴力団排除条項を適用して契約を解除する場合には,相手方が本当に反社会的勢力かどうかという認定の問題を含めて,難しい面があります。
 さらに,反社会的勢力との取引排除が訴訟等の法的手続きに至った場合には,企業 の主張を正当化する事由になるという裁判上の機能があります。もっとも,現時点では,裁判例が非常に少なく,どこまで暴力団排除条項による取引の中止や解除が有効として認められるのかが明らかではなく,必ずしも法的安定性を有しているとまでは言えないのが現状です。なお,裁判所の傾向としては,新聞の情報は信用しているようですが,いわゆる週刊誌の類の情報は信用していないようです。

(2)実際の反社会的勢力との関係を排除する場面での様々な「悩み」
 実際の反社会的勢力との取引排除の場面において,現場では様々な悩みがあると思います。
 なかでも,ある特定の人物や企業が,反社会的勢力かどうかという認定の問題は,現場では極めて悩ましく,かつ難しい問題であると思います。例えば,準構成員の場合はどうか,また元構成員の場合はどうかなどは非常に悩ましいと思います。
 そのような悩みの中で,ある特定の人物や企業が,反社会的勢力に当たるかどうかについては,警察からの情報提供が重要になります。
 この点,平成12年9月21日付警察庁暴力団対策部通達により,「暴力団排除等のための部外への情報提供について」が定められており,そのなかで,情報提供に対する基本的な考え方として,①組織としての対応を徹底すること,②情報の正確性を担保すること,③情報提供に係る責任の自覚を持つこと,④情報提供する場合には,必要不可欠性と非代替性を十分に検討すること,などが示されています。
 このように,直接,警察に確認する方法もありますし,その他,警察から暴力団や反社会的勢力の情報を得るためには,弁護士法23条の2に基づく照会などがあります。実際に,担当している事件でも,弁護士法の23条照会に基づいて,警察から暴力団組員かどうかの情報を得たケースもあります。

5 最近の裁判例など
(1)馬主協会事件
 この事件は,日本中央競馬会(JRA)が,2007年,暴力団関係者との交際があり,競馬の公正を害する恐れがあるとして,会社社長の馬主登録の登録申請を拒否したところ,この会社社長が,暴力団関係者との交際を理由に馬主登録の申請を拒否したのは不当だとして,争った事案です。
 裁判所は,この会社社長と暴力団関係者の関係は,顔見知り程度の関係にすぎず,反社会的勢力との接触があっても,その関係や程度を考慮するべきであり,一律に公正を害する恐れがあると判断するのは妥当性を欠く,と判断し,処分の取消を命じました。
 なお,この事件では,会社社長が,暴力団関係者と一緒に韓国に旅行に行っていたなどと主張されたようですが,会社社長のパスポートからは,その時期に韓国に行った事実を認定することはできず,暴力団関係者との交際の立証ができなかったようです。

(2)球場入場拒否事件
 この事件は,プロ野球12球団と警察庁などで作るプロ野球暴力団等排除対策協議会が,中日ドラゴンズの2つの私設応援団の応援を許可せず,応援団の一部会員の全球場への入場を禁じた措置について,かかる措置の無効確認を求めた事案です。
 裁判所は,応援団によるトランペットなど鳴り物を使った組織的な応援については,応援方法によっては,他の観客に迷惑をかけ,球場の秩序を乱す恐れがあるとして,主催者である球団側が応援を認めるかどうかを自由に決定することができる,としたうえで,鳴り物を使った応援を不許可にした措置は妥当性を欠くものではないとしました。しかし,他方で,入場の禁止措置については,応援団による応援を認めるかどうかの場合と異なり,観戦自体を制限するものであるから,その制限は慎重に行うべきであるとしたうえで,入場を禁止された者が具体的な問題行動をした事実は認められない以上,入場禁止措置は違法,無効であるとして,損害賠償請求を認容しました。

(3)某自治体の事例
 この事件は,私有地の賃借人が,賃借した土地を暴力団事務所の敷地として利用した行為が,貸主との信頼関係を破壊することを理由に,賃貸借契約の解除及び建物収去土地明渡しを求めた事案です。
 裁判所は,地方自治法上の普通公共団体である原告(市)は,法律上,「住民の福祉の増進を図ることを基本として」,その目的に適った内容の契約を締結すべき行政上の義務を負っており,その反射的効果として,賃借人に措いても,その使用等において,前記目的による一定の制約を受け,これに反する利用は,信義則上の義務に反するというべきである,としています。そして,抗争事件が発生すると,近隣住民や一般市民が,その巻き添えにあうことは少なくなく,平穏に生活をしている周辺住民にとっても極めて危険な状態になるなど,暴力団事務所として使用することは,賃貸借契約から派生する信義則に反するとして,賃貸借契約の解除を認めました。

(4)まとめ
 反社会的勢力に関連する近年の裁判例を紹介しましたが,これらの裁判例からすると,裁判所は,具体的な行為がなければ,なかなか違法等の認定をしないといえます。もっとも,未だ,反社会的勢力に関連する裁判例は少ないので,今後,裁判所が,どのような判断をするかについては関心を持っています。

6 終わりに
 数年前は,反社会的勢力との取引を排除するというような規定は当然に無効であるなどと相手にもされなかったのが,現在では,このような反社会的勢力との取引排除が当たり前になってきており,数年前の状況と隔世の感があります。
 会社として,反社会的勢力との関係遮断についてどのように行っていくか迷っておられる企業が多いと思いますが,まずは,外部専門機関と連携を取りながら,できるところから行っていくことが大切だと思います。
 これからは,先程話をしたスルガ社の例ではありませんが,反社会的勢力との関係を遮断するということは企業のコンプライアンス上,非常に重要です。

(平成22年2月23日(火) 於:ANAクラウンプラザホテル)