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- 2018年05月28日
- コラム
弁護士:瀧本 有梨
小規模個人再生
第1 はじめに
民事再生とは,経済的に厳しい会社や個人が,一定の範囲内で債務の減額・返済猶予をしてもらうことを前提に,確実な 再生計画を立て,債権者や裁判所から許可を受け,その再生計画に従って債務を返済していくという制度です。
民事再生の手続には,主に法人を対象とした通常の民事再生(以下,「通常再生」といいます)と,個人のみを対象とした小規模個人再生・給与所得者等再生(以下,「個人再生」といいます)があります。
通常の民事再生は関係者が多い事業者を想定し,手続が複雑になっていますが,個人再生は,個人を想定しており,手続が簡略化されています。
また,個人再生には,住宅ローンのある個人が自宅を失わずに再生を図れる制度(住宅資金特別条項)が用意されています。
最近,このような個人再生の特殊性が問題となった最高裁決定(最三小決平成29年12月19日。以下,「本決定」といいます)が出されました。
そこで,以下では,通常再生と個人再生の手続きの違い,住宅資金特別条項について説明するとともに,本決定を紹介します。
第2 通常再生と個人再生の手続きの違い
通常再生でも,個人再生でも,債務者は,再生の申立てを行い,再生計画について裁判所の許可を要する点では変わりありません。
1 通常再生手続
通常再生では,債権の数も額も大きくなるため(個人再生は住宅ローンを除く債務額が5000万円未満の場合が要件です),厳格な債権調査手続きを行い,手続の各段階で実体上の債権額を確定させます。再生計画の認可のために,債権者集会が開かれ,出席した50%以上の債権者が賛成し,かつ賛成者の債権額が全体の50%以上であることが必要とされ,決議を経てから,裁判所の許可を受けます。
2 個人再生手続
個人再生では,債権調査手続はなく,債権額の実体的確定もありません。代わりに,債権者と債務者によるによる再生債権の届出,債権者による異議申述,異議のあった債権についてのみの査定評価という手続きが行われます。この簡略化された手続きをもとに把握された債権者とその債権額をもとに,債権額,議決権額が決定され,書面等投票による決議が行われます(給与所得者再生では債権者決議の制度もありません)。個人再生で,このように債権額を定めることを,通常再生における実体的確定と対比し,「手続内確定」といいます。
第3 住宅資金特別条項
1 住宅資金特別条項とは
個人再生では,個人の再生債務者が再生計画において住宅ローン債務のリスケジュールを内容とする住宅資金特別条項を定め,再生計画が認可決定されると,住宅ローン以外の債務が大幅に減額(免責)され,特別条項は住宅ローン債権に係る抵当権及び保証債務にも及び,再生債務者は住宅ローンの継続的な弁済ができます。
本来であれば,債務者が債務超過により住宅ローンが支払えなくなれば,住宅ローン債権者が自宅に設定した抵当権の実行により自宅を手放さざるを得ないといった事態に陥ります。しかし,住宅資金特別条項を定めた再生計画の下では,自宅を手放さずに済みます。
2 住宅資金特別条項の必要性と許容性
自宅を残すことで債務者の安定的再生につながるという制度の必要性と住宅資金債権者は自宅への抵当権設定により他の再生債権者と比べて債権回収の確実性が高いため,免責のない住宅資金債権者に比べて,他の免責対象の債権者が特別に害されることはない(そのため他の債権者も反対せず債権者決議が成立する)という制度の許容性があるといえます。
3 本決定で問題となった住宅資金特別条項
債務者Xの弟であるAが,Xと債権者Yの前訴係属中,Xの自宅に後順位抵当権(先順位は住宅ローン債権の抵当権)を設定していたところ,再生申立ての直前にAの抵当権の仮登記が抹消されており,これによりXは,民事再生法198条1項ただし書の要件をクリアし,住宅資金特別条項の定めある再生計画案を提出できるようになっています。この点も,Aの債権不存在,及びXとAの通謀を疑わせる事情となっています。
第4 最高裁決定の紹介
1 事案の概要
債務者Xは,小規模個人再生手続開始の申立をしました。Xが提出した債権者一覧表には,Yの損害賠償債権(1354万円),実弟Aの貸付債権(2000万円)など,合計4027万円となる債権が記載されていました。
Yの債権及びAの債権について異議は述べられず,Y及びAは,債権の額に応じてそれぞれ議決権を行使することになりました(民事再生法230条8項)。議決権者はAおよびYを含む10名であり,議決権額は約3705万円となっていました。
Xは,住宅資金特別条項を定めた再生計画案を提出しました。書面による決議において,Yは,不同意の回答をしましたが,全体の債権総額の50%を超える債権額を有するAが同意したため,本件再生計画案は可決されたものとみなされ(法230条6項),裁判所も認可する決定をしました。これに対し,Yは,本件貸付債権が実在しないことを理由に即時抗告をしました。
この点,原審では,法202条4項所定の不認可事由である「再生計画の決議が不正の方法によって成立するに至ったとき」の該当性が問題となりました。
Xは,本件貸付債権は無異議債権(法230条8項)であるから,不認可事由は,本件貸付債権が存在することを前提に判断することを要すると主張しました。
2 本決定の判旨
小規模個人再生において,再生計画が可決されてなお裁判所が一定の場合に不認可の決定ができる趣旨は,後見的な見地から少数債権者の保護を図り,再生債権者の一般の利益を保護しようとするものである。
法202条4項所定の不認可事由には,再生計画案が信義則に反する行為に基づいてされた場合も含まれるものと解される(最小決平成20年3月30日)。
上記趣旨によれば,無異議債権であったとしても,再生計画案の可決が信義則に反する行為に基づいてされたか否かの判断に当たっては,当該債権の存否を含め,諸般の事情を考慮することができる。
本件貸付債権は,Xが申し立てより16年以上前にその実弟であるAから貸し付けを受けたことにより発生したというものであり,その仮登記は14年後のXYの別訴係属中にされたこと,Xが債権の裏付け資料を提出しなかったことなどその存在を疑わせる事情がある。
Aが議決権の総額の2分の1を超える議決権を行使したことにより,再生計画案が可決された。
以上の事情に照らすと,再生計画案の可決が信義則に反する行為に基づいてされた疑いが存する。
第5 本決定の射程・意義
本決定の射程は,再生債権が実体的に確定する通常の再生手続きの場合には及びません。もっとも,補足意見は,再生債権の存否を含めて不認可事由を判断できる理由として,手続内確定には積極的意味があるわけではないことに加え,破産(免責不許可事由)との均衡から,債権者名簿の虚偽記載の主張の可否は当該債権が確定しているかどうかは関係ないこと指摘し,再生債権が確定していても不認可事由の判断に当たり,当該債権の不存在を認定できるとしています。
また,本決定は,不認可決定における裁判所の後見的役割という通常再生に共通する考えと,「Yが再生債務者として債権者に対し公平かつ確実に再生手続きを追行する義務を負う立場にあること」も理由に挙げられていることを考慮すれば,通常再生手続きでも同様の判断がされる可能性もあります。
いずれにせよ,本件のような虚偽の債権の届け出は,再生債権の調査が簡略化されている個人再生だからこそ生じた問題だと思われます。住宅資金特別条項も,再生手続きの簡略化も,個人の実効的な再生を図るための制度であり,本決定はかかる制度の濫用を抑止する意義のある決定だと評価できます。