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トピックス/コラム詳細
- 2012年08月20日
- コラム
弁護士:松本 智子
他社への技術・情報流出の防止
第1 はじめに
新日本製鐵が,提携関係にある韓国の鉄鋼大手ポスコ,同社日本法人,新日鐵研究開発部門元社員等を相手取り,高性能鋼板の製造技術(営業秘密)を不正取得したとして,平成24年4月19日付で,不正競争防止法に基づき,1000億円の損害賠償と高性能鋼板の製造・販売差し止めを求める民事訴訟を提起したとの新聞報道がなされました。
この高性能鋼板の製造技術は,電気の変圧器などに広く利用される特殊な鋼板に関するもので,昭和43年頃,新日鐵が技術確立しましたが,方法特許を取得せず,厳格な秘密管理をして技術を守ってきたものです。また,新日鐵は,流出源となった元社員とは秘密保持契約を結んでいました。それにもかかわらず,流出が明らかとなったことから,今回の提訴に踏み切ったとのことです。
このように技術・情報が流出してしまった場合に,どのような対応策があるのでしょうか。また,技術・情報の流出を防止するためにはどのよう対策が必要なのでしょうか。
第2 不正競争防止法に基づく対応策
上記の新日鐵とポスコの訴訟では,不正競争防止法に基づき,流出技術に基づく製造販売の差し止めと損害賠償を求めています。
1 要件
不正競争防止法では,「営業秘密」の不正侵害行為を類型化して「不正競争」行為として規制しています。
まず,不正競争防止法違反を追及するには,侵害された技術・情報が,「営業秘密」であることが必要です。不正競争防止法2条6項では,技術上又は営業上の情報のうち,①秘密として管理されている(秘密管理性),②生産方法,販売方法その他の事業活動に有用な(有用性),③公然と知られていない(非公然性)ものに限って「営業秘密」として保護することとされています。このうち,②の有用性,③の非公然性は,緩やかに認められますが,①の秘密管理性が認められるためには,秘密を保有する会社規模にあった合理的なレベルで,(a)アクセス制限を実施し,(b)アクセス者が秘密であると認識可能であることが必要です。秘密管理性は,秘密とされる情報について,他の情報との分別,秘密表示の有無,保管の区別の有無,保管場所の施錠の有無,持ち出し・コピー制限の有無,コピーの廃棄の有無,アクセス権者の制限の有無,パスワード設定の有無,秘密保持のための誓約書,就業規則,秘密保持契約の有無,会社の規模,情報の性質と重要性などの,具体的な事情に即して判断されます。
次に,営業秘密侵害行為が,法定の不正競争行為類型のいずれかにあてはまることが必要です。不正競争防止法2条1項4号~9号に規定されている営業秘密侵害行為は,多岐にわたりますが,末尾の図表に示したとおりとなります(各行為の後ろの○数字が該当各号)。
2 効果
上記「1 要件」で述べた要件を満たす営業秘密侵害行為が認められる場合には,侵害者に対して,損害賠償(不正競争防止法4条,民法709条),差止請求(不正競争防止法3条)が認められるほか,刑事罰も法定されています(不正競争防止法21条,22条)。
平成24年5月9日には,ヤマザキマザックの秘密情報を複製したとして中国籍社員が起訴された旨の報道がなされています。
3 実務上の問題点
(1)秘密管理性
不正競争防止法に基づく追及をする場合,上述の営業秘密の秘密管理性の要件(①)を満たすかという問題点があります。近年,(b)の要件を客観化し,「秘密であることが客観的に認識可能であることが必要」とする裁判例が続きました(京都地裁平成13年11月1日判決,名古屋地裁平成11年11月17日判決,大阪地裁平成12年7月25日判決,東京地裁平成15年3月6日判決,東京地裁平成15年5月15日判決,東京地裁平成16年4月13日判決,大阪高裁平成17年2月17日判決など)。これに対し,直近では,産業スパイ問題がクローズアップされるにつれ,平成21年の営業秘密取得行為類型の追加など,できる限り営業秘密を保護しようとする流れがでてきています。秘密管理性の要件も,アクセス者にとって秘密であると認識可能であるかどうかを,秘密の重要性を含む具体的事情に基づき相対的に判断し,侵害者が内部者の場合,比較的緩やかに認める裁判例が出ています。(大阪高裁平成20年7月18日判決,東京地裁平成20年11月18日判決,東京地裁平成23年4月26日判決,知財高裁平成23年9月27日判決)。
実務上の対応としては,営業秘密については,秘密である旨を表示して,秘密保持のための誓約書,秘密保持契約の締結や就業規則中に秘密保持条項を設ける等を行い,アクセス者に秘密であることを認識させておくことが最低限必要です。さらに,本当に重要な営業秘密については,分別管理,施錠保管,アクセス権設定,パスワード設定等,アクセス排除の管理体制を実施し,部外者に対しても秘密であることが認識可能な状況にしておくことが望ましいといえます。
(2)営業秘密・流出行為の特定とその立証
また,不正競争防止法が不法行為類型の責任追及であることから,流出した営業秘密と,流出行為(どの情報を誰が持ち出したか)を特定して,これを立証する必要があります。
冒頭に紹介した新日鐵とポスコの事件でも,新日鐵がトップシェアを持っていた高性能鋼板について,平成16年頃から,韓国ポスコの同種製品の性能が格段に上がり,新日鐵のシェアが奪われていく事態となり,業務提携先である新日鐵からの技術流出のうわさが流れましたが,確たる証拠がありませんでした。ところが,ポスコが起こした同鋼板の中国企業への技術流出に関する裁判で,元は新日鐵からの流出技術であったことが判明し,今回の提訴に至ったとのことです。
他の裁判例でも,侵害者側で仲間割れからタレこみがある,顧客や取引先からの問い合わせがある等の契機があって,営業秘密の侵害を確信するという事例がほとんどです。また,具体的な侵害行為の詳細がはっきりしないという場合が多くあります。侵害者側の仲間割れなどで秘密の持ち出しを自認する者がいるときは,概括的な侵害行為の認定で勝訴している裁判例(東京地裁平成23年4月26日判決,知財高裁平成23年9月27日判決)もありますが,侵害者が全面否認した場合,立証がどこまでできるのかという問題もあります。
実務上は,社内の事後チェックで営業秘密の流出を掌握するのは困難を伴うことを踏まえ,事前の流出防止に力点を置いて対策を講じることが必要です。
第3 秘密保持契約,競業避止契約に基づく対応策
上述のとおり,不正競争防止法に基づく対応策のほか,秘密を開示する従業員等との間で,予め,個別の秘密保持契約の締結,競業避止義務を課し,それに違反して営業秘密を流出させた場合は,契約違反に基づく責任追及をする方策も考えられます。
1 秘密保持契約
秘密保持契約は,従業員,取引先等,秘密を開示する者との間で,個別に締結します。従業員に関しては,抽象的・網羅的に,入社時の誓約書,退社時の誓約書を取得するだけでなく,就業規則にも秘密保持義務を規定します。取引先の場合は,取引基本契約書に,抽象的・網羅的な秘密保持条項を入れます。
また,本当に重要な営業秘密にアクセスさせる場合は,上記の誓約書・基本契約書とは別に,できる限り秘密を具体的に特定して,何が営業秘密であるかを相手方に具体的に認識させる秘密保持契約を別途締結することが重要です。また,その従業員が退職する場合,又は取引契約が終了する場合には,退職・終了後につき個別に秘密を特定した秘密保持契約を締結するようにします。
営業秘密が,公開されていない技術上の知見の場合,取引先との間で,営業秘密のライセンス契約を締結して開示をする方法も考えられます。この場合,目的外利用の禁止,サブライセンスの禁止,営業秘密管理の徹底,秘密保持条項を入れる必要があります。ラインセンス先が適切な営業秘密管理ができることが前提となります。
秘密保持契約を締結しておくことは,上述のとおり,当該秘密情報について,不正競争防止法上保護される「営業秘密」の該当性が認められるためにも有効です。
2 競業避止義務
重要な営業秘密にアクセスした従業員が退職する場合,営業秘密を特定した秘密保持義務の特約とともに,競業避止義務を特約することが有効です。特に,顧客名簿などの営業上の情報については,退職者と一体化している場合もあり,秘密保持義務だけでは営業秘密保護の達成が困難ともいえ,特に必要性が高いといえます。
しかし,退職後の従業員に競業避止義務を課す特約をしても,労働者の職業選択の自由との関係から,その制限の期間・場所的範囲,職種の範囲を最小限にとどめ,代償を与えるなどの合理性がなければ,公序良俗違反として無効となるおそれがあります。
具体的裁判例では,重要な営業秘密保持目的の競業避止義務については,退職後2年程度を限度に認められているものがあります(最高裁昭和44年10月7日判決,奈良地裁昭和45年10月23日判決等)が,具体的な事情によりますので,慎重な判断が必要です。